oregano note

シンプルで合理的な生活

日之下あかめ『エーゲ海を渡る花たち』~丁寧にフィクションに落とし込まれた作品

日之下あかめ『エーゲ海を渡る花たち』は、Webで連載開始時から気になっていて、発売後に購入だけして、なかなか読むことができなかった1冊。
期待値が高かったというのもあり、時間があるときに大きめのタブレットを購入してゆっくりと読もうと考えていたのだが、忙しくてなかなか落ち着けずといった状態でつまり電子書籍の積読状態となっていたのだ。
新しいタブレットを購入する予定がしばらくおあずけとなってしまったことで、さきに読んでしまうことにした。

エーゲ海を渡る花たち(1) (メテオCOMICS)

エーゲ海を~は15世紀はイタリア北部の都市フェラーラの商家ロセッティ家の娘リーザと、クリミアからきたオリハの令嬢ふたりを主軸にした、東地中海の旅物語(になるはず)な作品だ。

リーザは恋バナよりも外国に興味があり、活発な少女で「跳ねる嬢」とフェラーラの人々の間でもちょっとした有名人。
オリハは親の決めた結婚でジェノバへと来たものの、結婚相手の軍人は暗殺されて寡婦となり、言語能力を買われてボローニャの学者の助手となっていた。
だがオスマン帝国の侵攻によりコンスタンティノープルが陥落して後、クリミアからクレタ島へと脱出する人々が増えており、残してきた妹の消息を訪ねようとする途中でフェラーラに立ち寄ったところ、リーザと出会い意気投合し、クレタ島を目指して旅に出る。
……という始まりになる。

元々R18方面のお仕事もされていた方とはいえ、表紙やイメージイラストとは異なり、(残念ながら?)露骨な百合百合したものはない。
おそらくそれほど長期連載にはならないのではないかという予感はあるが、なにしろまだ1巻しか出ていない作品なので評価は難しいが、レヴァント貿易や、大航海時代前夜というワードに感じるところがあればおすすめしたい。
日之下さんは史学の人ではなさそうだが、豊富な知識を食べ物から背景までうまく作中に生かしているし、なによりコマの端々や各話のコラムからこの舞台への愛情をとても感じさせるがとても印象がいいし、それに決して穏やかな時代ではなかった背景を理解しつつ、フィクションに落とし込む姿勢も好み。
なんだかいつもに増して偉そうな書き方になっているのだが、このまま連載が続いてくれることをとても期待している。


残念なのは導入部分で、話の展開が見えづらい形で進んでしまう。
おそらく1話目から伏線がはっているのでは? と感じるのだが、web媒体とはいえあまり1話が長くなるわけにも行かず、押し込めるために無理をしたのだろうか。
ふたりが出会って仲良くなるところで一旦区切って、フェラーラ観光やスリの話は別にするなど、もう少し構成を練ったほうがよかったかもしれない。

とはいえ、2話目からがこの作品の本領だろう。
フェラーラから船で出航するあたりから、急激に話がこなれてくる。
その前にロセッティ家の取引相手の次男ロレンツォが登場するが、世慣れた彼とリーザの掛け合いが効果的で、自然な形で状況が頭に入ってくるのもいい。
Web連載では4話まで公開されているので、1話で入り込めなかったという場合でも、まず2話までは読んでみてから判断をしてほしい。


絵柄はやさしく丁寧だからあまり苦手な人はいないだろいうという反面、すごくエッジが効いた設定でもなければ万人受けする舞台でもない。
けれど、流行りものをただ揃えただけでなく、こうした描き手の意思が感じられる作品がなんとか売れて欲しいとおもうのだ。

ちなみに8月に2巻が発売されます。